【Yoshida et al. (2022) 夏季に干潟に現れるサキグロタマツメタは雄ばかり】
サキグロタマツメタの性比や肥満度について調べた論文です。吉田和貴君の3報目の論文で、彼の修士論文のメインとなる部分です。サキグロタマツメタは特に東北地方で爆発的に繁殖し、アサリの食害を引き起こしている巻貝で、漁業者による駆除が行われています。サキグロタマツメタは普段は砂の中に潜っていてなかなか見つけることができませんが、干潮時に砂から出てきて干潟をはいまわって(匍匐して)いる姿をよく見かけます。福島県の松川浦では、漁業者は日中の干潮時に、干潟に現れているサキグロタマツメタを駆除してきました。特に夏場にたくさんの個体が見つかるので、この時期に駆除が行われていました。そのことに私も何の疑問も感じていませんでした。
ところが、松川浦で2015~2017年に採集されたサキグロタマツメタについて、吉田君が雄の生殖突起をもとに雌雄判別を行ったところ、7~8月に採集された個体は明らかに雄に偏っていることがわかりました。この現象は、2015~2017年のいずれでも確認されました。私だけでなく、共同で調査を行った福島県水産試験場相馬支場(2018年からは福島県水産資源研究所)の職員の方々も驚いていました。さらに、松川浦だけでなく、広島県の三筋川河口干潟でも同様に8~9月に採集された個体が雄に偏っていました。これらはいずれもサキグロタマツメタの交尾期に該当し、雄が雌と交尾するためにたくさん出現していた可能性が考えられました。ただし、宮城県の東名浜では調査回数が少なかったものの、8月に雌雄の偏りはみられませんでした。以上の内容を、2017年9月に滋賀県立大学で行われたプランクトン・ベントス学会で吉田君がポスター発表しました。
(ポスター発表する吉田君) (サキグロタマツメタの交尾行動)
その後、吉田君が卒業し、卒論生の瀬戸川さんが2018年に調査を行い、同様の傾向がみられることを確認しました。さらに、何度か昼夜の調査を行い、日中と夜間で性比の変化がないことも確認しました。瀬戸川さんが卒業し、2019年は冨山が調査を行いました。2020年以降は新型コロナウィルスの影響で、調査を断念したので、これまでのデータをとりまとめることにしました。
「夏にサキグロタマツメタの性比が雄に偏る」という興味深い現象について、タマガイ科巻貝で類似した既往知見は全く見当たらず、干潮時に干潟に出てくるのは捕食(ハンティング)のため、という論文がいくつか見つかっただけでした。実際に、5月や10月に松川浦で干潟に現れたサキグロタマツメタをしばらく観察していると、アサリを捕まえ、抱えてしばらく匍匐し、その後に砂の中に潜り込む、という行動がみられました。一方、松川浦で7月や8月に観察したときにはアサリをつかまえる行動はほとんど見られず、また雄が雌の上に乗る「マウンティング」行動がたびたび観察されました。したがって、交尾のために雄がたくさん干潟に現れる、という初めての発見として、論文をまとめました。また、2021年9月にオンラインで行われたプランクトン・ベントス学会で、冨山がポスター発表をしました。雄が雌をどうやって見つけるのか、など(答えを持っていませんが)重要な質問を受けました。
2021年7月にBiological Invasionsに投稿しましたが、外来生物の侵入過程や侵入によるインパクトを調べた論文ではないという理由で門前払いされました。投稿先の転送サービスで推薦されたScientific Reportsに、同年9月に投稿しました。審査には長い時間がかかりましたが、2022年2月に要修正の判定となりました。査読者のコメントは厳しいものでしたが、担当編集委員が修正の機会を与えてくれました。この雑誌では、「技術的妥当性があるかどうか」が出版基準となっており、編集委員はその部分を評価してくれたのかもしれません。3月に改訂原稿を投稿、2回目の査読、4月に再度要修正となり、5月上旬に受理され、1週間後にwebで掲載されました。なお、掲載料は2,299ドルでした。サキグロタマツメタは東日本大震災の後も松川浦で高い密度で生息しています。吉田君の発見した性比の偏り現象は、サキグロタマツメタによるアサリ食害を軽減するための駆除作業において有用な知見になると期待されます。
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