【Kinoshita and Tomiyama (2022) サキグロタマツメタ発育初期の飢餓耐性】

2023年01月04日 11:05

著者:Kento Kinoshita, Takeshi Tomiyama

題目:Starvation tolerance of early stage Laguncula pulchella (Naticidae)

掲載誌:Journal of Shellfish Research 41: 355-359 (2022)

論文閲覧:広島大学リポジトリ公式HP


 タマガイ科の巻貝サキグロタマツメタ(以下、サキグロ)の飢餓耐性を明らかにした論文です。2020年に他研究室から来て2年間修士論文の研究を行った木之下健人君がとりまとめてくれました。木之下君はサキグロの生態に関心を持っていたので、国内の干潟での分布(干潟間の違い、干潟内での微細分布)や行動について調べようということになったのですが、新型コロナウィルスの感染が始まった時期で、他の水域での調査は断念することになりました。また、広島市の干潟へ何度か足を運びましたが、サキグロが激減していて(それは干潟にとっては良いことですが)、微細分布や行動を調べるのも難しい状況でした。 



(干潟でサキグロを探す木之下君。2020年8月。)


 そこで、飢餓耐性を調べてみることにしました。というのも、外来生物であるサキグロは日本各地の干潟にアサリとともに放流されたのですが、なぜか東北地方でしか深刻な問題とはなっていません。東北地方では爆発的に繁殖して駆除も精力的に行われているのですが、一方で東京湾以西では生息量も小さいと考えられています。このような地理的な違いが生じている要因の一つとして、私たちはサキグロにとっての餌環境を考えました。例えば福島県の松川浦では3cm以上のアサリの生息密度が1平方メートルあたり300個以上ととても高いのに対し、広島の干潟ではごくわずかに見つかる程度です。餌が少なければ爆発的に増えることができない、という想定をしたのですが、そもそもどのぐらい餌がなくても生きていけるのか、という基本的な問題を解決することにしました。

 まず、2020年8月に干潟で採集した殻高1~2cmの小型個体を10個体研究室に持ち帰り、20℃で無給餌条件にて飼育しました。ガラスビーズを敷き詰めた水槽を共食い防止のため2区画に区切り、5個体ずつを区画ごとに入れました。木之下君が長期にわたって継続して観察したのですが、ほとんどの個体が数ヶ月経過しても生存しており、高い飢餓耐性を有していることがわかりました。共食いも起きませんでした。最も長い個体では300日以上生残しました。これはとても驚きで、例えば深海に生息するダイオウグソクムシが絶食で数年生きたというニュースがありましたが、深海は水温が極めて低いので、サキグロのように20℃で1年近く絶食で生きるという生物はほとんどいないかもしれません。



(小型個体の実験の様子)


 並行して、2020年10月に広島の干潟で採集した4つの卵塊を持ち帰り、その一部を切り取って孵化まで飼育して孵化幼生を得ました。福島県水産資源研究所の方にもお願いして卵塊を送っていただき、こちらも同様に孵化幼生を得ました。


(卵塊を測定する木之下君)



(卵塊の一部を飼育して孵化を待っているところ) 


 孵化幼生を1個体ずつウェルプレートに移し、20℃の室温で管理して無給餌での生存日数を調べました。最長で80日以上生残した個体がいました。福島の卵塊から得た幼生では最長で62日生残しました。結果的には、福島と広島の幼生の違いがほとんどみられなかったので、論文では広島のデータのみを提示することにしました。 



(ウェルプレート)


 以上の結果をもとに木之下君が論文の執筆を開始しました。しかし、小型個体の実験が1年近く続いてしまったこともあり、最初に原稿の案を作成したのは2021年8月でした。そのときには2021年の調査も始まっており、今度は異なる水温でも実験を行うことにしました。あいかわらず小型個体は少なく、6月に10個体を採集して30℃の実験を行いました。一方、卵塊については2021年11月に採集して十分な孵化幼生を得られたので、25℃と30℃で実験を行いました。高温になると生残期間が短くなり、それぞれの水温での日数も情報として加えて、原稿を仕上げていきました。

 また、現場でどのぐらいの餌があるのかという情報も得るため、2020年11月と12月に広島の干潟で調査を行いました。得られた情報は考察で少し触れる程度にしましたが、それなりに小型の二枚貝が生息していることもわかりました。



(12月の干潟で餌環境調査。日中はほとんど潮が引かないです。)


 2022年2月までに木之下君と4回のやりとりを行い、卒業間近の3月に木之下君が英語原稿を作成してくれました。それから私が原稿を引き継ぎ、仕上げた原稿を2022年3月末に短報としてJournal of Molluscan Studiesに投稿しました。しかし担当エディターから「サンプルサイズが小さい(特に小型個体が10個体ずつしかない)」という理由でリジェクトされてしまいました。そこで、短報はやめてフルペーパーとして書き直し、4月にJournal of Shellfish Researchに投稿しました。

 2022年6月に審査結果が届き、査読者から多くのコメントがあったものの、改訂すればよさそうな印象でした。査読者からのコメントで、「飢餓が進行すると巻貝のフタの位置は引っ込むのでは?そうした観察はあるか?」というものがありました。実は木之下君が2021年に成貝の飢餓に伴う肥満度の低下を調べる実験を行っていて、生残個体が少なかったのでデータとしては論文に使用しませんでしたが、まさに査読者の指摘した現象を観察してくれていました。そこでそのような観察事例も考察に加え、改訂して投稿しました。もう一度査読と改訂を経て、2022年10月に受理され、12月号に掲載されました。余談ですが、この雑誌からはページチャージのほか、PDF料などいろいろと請求が来ました。しかし、PDFをリポジトリに自由に登録できることを確認しました。寛大な雑誌なのかもしれません。



(肥満度低下の実験準備を進める木之下君)


 新型コロナウィルスの影響で思ったような調査ができなかったものの、木之下君のアイデアと粘り強い観察でおもしろい現象が発見でき、論文として発表できてよかったです。

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