【Deguchi et al. (2023) サワラ仔魚によるカタクチイワシ仔魚への潜在的捕食インパクト】

2023年02月11日 09:02

著者:Wataru Deguchi,  Tatsunori Fujita, Michio Yoneda, Naoaki Kono, Masayuki Yamamoto, Kaito Harada, Jun Shoji, Takeshi Tomiyama

題目:Potential impact of predation by larval Spanish mackerel on larval anchovy in the central Seto Inland Sea, Japan

掲載誌:Deep Sea Research Part II 208: Article 105272 (2023)

論文閲覧:広島大学リポジトリ公式HP


 瀬戸内海の中央部の燧灘(ひうちなだ)において、カタクチイワシ仔魚(シラス)に及ぼすサワラ仔魚の捕食インパクトについて考察した論文です。2018年に他大学よりこちらの大学院に進学した出口航君が修士論文として取り組みました。


(研究の背景)燧灘ではカタクチイワシが重要な漁獲物であり、成魚は讃岐うどんのだしとして用いられる「いりこ」、仔魚は「ちりめん」となります。このちりめんとなるシラスの漁獲量が2010年ぐらいから急激に減少し、2014年にはほとんどゼロになってしまいました。一方で、香川県の調査結果ではカタクチイワシの親が産む卵の量は逆に増加傾向にあることがわかっていました。つまり、卵は増えているのに仔魚は生き残らずに減っている、というわけです。そこで、香川県や瀬戸内海区水産研究所(当時)を中心にシラスの減少要因を調べることになりました。減少要因として考えられたものの一つが、以前に比べて増えてきているサワラの影響でした。瀬戸内海のサワラの初期生活史については、小路さんの博士論文での精力的な研究によって多くの情報が得られていました。例えば、サワラは孵化から数日後に動物プランクトンではなくシラスを主に食べること、サワラの成長は極めて速く、シラスに強く依存することがわかっています。このことから、サワラが増えてシラスをたくさん食べているために漁獲量が激減したのではないか、という可能性が考えられました。そして、この可能性を検証するために、2015年から私も情報交換の場に加わり、私はモデルを利用してサワラの捕食インパクトを評価することになりました。2017年にはモデルの枠組みが出来上がり、10月に広島市で行われた瀬戸内海ブロックのシンポジウムで概要を発表しましたが、一方でモデルは数値計算なので、実際のデータと合っていなければ意味がありません。実際にサワラ仔魚が増えているのかなど、近年のデータがなかったために検証できないことが問題でした。



(サワラ仔魚、鋭い歯を持っています)


  そこで、2018年から出口君の修士論文研究として、広島大学の練習船豊潮丸(256トン)による調査航海を実施することにしました。2018年5月と6月に燧灘で仔魚の採集を行う計画を立てました。5月は29~31日にかけて無事に調査を実施できましたが、6月は船のエンジンの故障により残念ながら中止となってしまいました。この調査では、燧灘の南側の沿岸近く、水深19~26mで調査定点を3点設け、日中と夜間にそれぞれボンゴネットやMTDネットを曳網しました。ボンゴネットは傾斜曳き、すなわち表層から底層まで網を上げたり下ろしたりしながら曳網を行いました。MTDネットは4つの水深層を水平に曳網しました。同様の調査を2019年5月と6月にも実施しました。採集したたくさんの仔魚からサワラとカタクチイワシを見分けて抽出する作業を、出口君が苦労しながら進めてくれました。



(手前がボンゴネット、奥がMTDネット)



(ボンゴネットが表層に現れたときの状態)


 こうして、2018年5月の調査ではボンゴネットでサワラ仔魚が172尾、カタクチイワシ仔魚が8,555尾採集されました。サワラでは夜間の方が採集個体数が多くなると予想しましたが、夜間は172尾のうちの87個体(50.6%)で、ほとんど昼夜で差異はみられませんでした。2019年5月はサワラ仔魚が71尾、カタクチイワシ仔魚が27,259尾、2019年6月はサワラ仔魚が5尾、カタクチイワシ仔魚が620尾採集されました。また、MTDネットによる水深1、6、11、16m層での採集では、サワラ仔魚とカタクチイワシ仔魚は水深11mで最も多く採集されました(論文ではMTDネットの結果は省きました)。



 (カタクチイワシ仔魚)



(調査の合間にマダイを釣り上げた出口君)



 これらの結果に加え、香川県水産試験場が燧灘東部で月に2~3回行っているボンゴネット調査のサンプルとデータもお借りしました。こちらの調査でもサワラ仔魚が2018年に27個体、カタクチイワシ仔魚が17,600個体採集されていました。2019年ではサワラ仔魚は採集されず、カタクチイワシ仔魚が6,500個体ほど採集されていました。香川県の調査では6月上旬にカタクチイワシ仔魚の密度がピークを示し、その後減少していました。 

 以上をもとに、過去との比較を行いました。2002~2005年にかけて、当時の瀬戸内海区水産研究所が「漁場生産力変動評価・予測調査」という事業で当該海域でのサワラ仔魚やカタクチイワシ仔魚の分布密度調査をボンゴネットの曳網により実施していたので、これらのデータを提供いただき、解析に用いました。その結果、2018年ではサワラ仔魚の密度は2002~2005年よりもはるかに高く、またカタクチイワシ仔魚の密度も高かったことがわかりました。すなわち、サワラ仔魚は実際に増えていることが確かめられましたが、カタクチイワシ仔魚も多かったと考えられました。サワラ仔魚は飢餓に弱いので、十分な食物(仔魚)がないと生きていけません。したがって、カタクチイワシ仔魚が多かったことはサワラの生残を支えるだけの食物があることを連想させます。なお、私たちが採集していたカタクチイワシは主に体長3~10mmのもので、シラスとして漁獲されるのは20mm以上のものです。つまり、10mm未満の仔魚はたくさんいるが、それらが漁獲サイズに達する前に激減してしまう、という現象が起きていると考えられました。

 この現象について、出口君がモデルでの説明を試みました。カタクチイワシ仔魚やサワラ仔魚の成長速度、サワラ仔魚の1日あたりの摂食量や死亡率などをパラメターとして、カタクチイワシ仔魚の生残を比較したところ、2005年と2018年では大きな違いはみられず、サワラの増加がシラス漁獲量の急激な減少につながったとは考えにくいとの結論に至りました。

 こうした結果を出口君がとりまとめ、2019年秋の水産海洋学会(仙台)でポスター発表しました(残念ながら私が参加できなかったので写真はありません)。その後、新型コロナウィルスの影響によりオンライン開催となったIMBeRシンポジウムにて私が2021年11月にポスターで発表しました。なお、このシンポジウムではいくつかのセッションがあり、私はDried small fish(煮干し等に加工されるイワシ類など小型魚の生態や管理)のセッションにエントリーしたのですが、日本からの発表が私だけであったため、日本での漁獲状況を含めて研究背景について口頭での発表を依頼され、概略を口頭で発表しました。



(オンライン開催となったIMBeRでの1コマ。私は上1段目左2つ目)


  その後、シンポジウムでの発表者に対して、Deep Sea Research Part II の特集号としてプロシーディング原稿が募集され、掲載を目指して原稿を再度とりまとめました。共著者に原稿をみていただき、英文校正に出して2022年6月に投稿しました。審査に時間がかかりましたが、2022年12月に審査結果(要修正)が届きました。査読者からの指摘(モデルの妥当性をさらに検証することや説明の追加を求められた)を踏まえ、また2022年に共著者の米田さんらが発表された論文成果(近年では動物プランクトンが減少し、これを餌とするカタクチイワシ親魚の栄養状態が悪くなることで卵が小さくなり、その卵から生まれた仔魚はサイズが小さく、成長速度が小さいなど生残に不利な状況となっていることを解明)に基づいて、カタクチイワシ仔魚の成長速度が低下した場合の試算も加えました。これにより、サワラによる捕食のインパクトだけではシラスの減少は説明できないものの、近年のカタクチイワシにとっての餌料条件の悪化を考慮すると、シラスの減少の一端がうまく説明できることがわかりました。こうした内容を含めて原稿を修正し、2023年1月に投稿、2月に受理され、4月号に掲載されました。

 出口君が卒業してから3年ほど経過してしまいましたが、論文となって調査と解析の苦労が報われ、よかったです。

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