【後藤ほか (2020) 豊後水道におけるサバ類の分布】

2020年08月12日 10:07
著者:後藤直登, 橋田大輔, 中尾拓貴, 冨山毅

題目:豊後水道におけるマサバとゴマサバの出現様式
掲載誌:日本水産学会誌 86: 295-301 (2020)
論文閲覧:広島大学リポジトリ公式HP


 太平洋と瀬戸内海をつなぐ豊後水道において、マサバとゴマサバの漁獲情報をもとに両種の分布や出現について調べた論文です。2018、2019年度に修士論文研究を行った後藤直登君がとりまとめてくれました。
 彼は2017年度に卒業論文研究で瀬戸内海区水産研究所伯方島庁舎にてイカナゴやマサバを用いた実験的研究にとりくみました。マサバについてはその後、修士論文研究でも実験を継続していましたが、後藤君は野外調査に強い関心を持っていたので、実験と並行して瀬戸内海周辺のサバ類の研究ができないか検討を始めました。豊後水道において愛媛県の橋田さん、大分県の中尾さん(ともに広島大の卒業生)がマアジの研究を精力的に行っておられ、2018年4月にお二人に話を伺ったところ、野外でのサバ類の標本収集やデータの使用についてお力添えいただけることになりました。サバ類はTAC対象種で国が資源管理に力を入れている重要魚種の一つで、両県でも水産庁の資源評価委託事業で調査をされていました。そこで、室内実験の結果を野外に適用するべく、まずは豊後水道でのサバ類の産卵期や出現する個体の年齢などを調べようということになりました。
 こうして豊後水道で漁獲されたサバ類を市場で収集していただいて、その生殖腺や耳石を調べていくことにしました。しかし、標本を集め始めた4月より以前からサバ類が産卵期に入っていたことから、9月に方針転換し、漁獲されているマサバとゴマサバの比率や体サイズを調べることにしました。豊後水道ではサバ類はまき網での重要な漁獲対象で、市場によっては年間1,000トン以上の水揚げがみられるのですが、実はこのような基本的なことが知見として残っていなかったのです。そこで、橋田さんと中尾さんを通じて、愛媛県と大分県でのサバ類の市場ごとの漁獲量や漁場、抽出した標本のサイズや魚種の情報を用いて、解析することになりました。この時点で私や後藤君は「豊後水道の北でマサバ、南でゴマサバの割合が高そう」ぐらいの印象しか持っていませんでしたが、2019年1月に愛媛県栽培資源研究所で打合せを行って、漁業の実態や市場ごとの特徴など、いろいろなことを教えていただきました。
 サバ類は「サバを読む」といった言葉のとおり、大量に水揚げされたものを個体別に魚種判別したり数を数えたりということが現実的ではありません。しかし、市場によってはマサバとゴマサバを判別して集計しているところもありました。問題は、その精度です。マサバとゴマサバは、ぱっと見ただけでどちらの魚種かわかる個体もありますが、極めて類似しているために、混同されることも少なからずありそうです。


(マサバとゴマサバ。一見すると簡単に区別できそうですが、個体によっては模様が不鮮明でどちらか迷うものもみられます。写真は2010年に福島県で撮影したもの。)


 大分県の佐賀関(さがのせき)と愛媛県の佐田岬(さだみさき)の間の豊予海峡(ほうよかいきょう)で漁獲されるマサバは、それぞれ「関さば」あるいは「岬さば」とのブランド名があり、高値で取引されるため、ゴマサバとは区別されています。ただし、これらは主に釣りによる漁獲ですので、1尾ずつの判別ができるのに対し、豊後水道南部では主にまき網でサバの群れを漁獲しているので、この漁法では魚種判別は「見た感じ」で判断されることになります。そこで、愛媛県と大分県で収集されてきたサバ類の標本に占める両種の割合や、市場ごとの釣りによる漁獲での魚種割合をもとに、精度を判定しました。その結果、愛媛県側では漁獲されているサバ類のうち、南部ではほぼ全てゴマサバ、北部ではほぼ全てマサバでした。一方、大分県側では、北部では同様にほぼ全てマサバでしたが、南部でも愛媛県側よりマサバの割合が高く、両種の分布が水道の東西で対称となっていないことがわかりました。これは、水温分布との関係によって説明できました。愛媛県側では黒潮による暖水波及が北部までみられるのに対し、大分県側では瀬戸内海由来の比較的冷たい海水が南の方まで流れてきていました。すなわち、冷水側にマサバ、暖水側にゴマサバが多いことがわかりました。


(2007年における50m水深層の年間平均水温。豊後水道の南北で水温の勾配が大きいことがわかります。)


 また、橋田さんと中尾さんはどちらも「マサバとゴマサバの当歳魚が1歳以上よりも沿岸寄りに分布している印象」をお持ちでした。このことを検証するため、精密測定(市場で入手した標本を実験室に持ち帰って測定)したデータとその標本の漁獲場所を整理し、地図上にプロットしたり採集場所の水深を当歳魚と1歳以上で比較したりしました。その結果、実際に漁獲された場所は、当歳魚の体サイズが尾叉長20cm以下と小さい時期(3~6月)では、当歳魚の方が浅い沿岸寄りに分布しているが、当歳魚の体サイズが大きくなる7月には当歳魚と1歳以上で差がみられなくなることがわかりました。このことは、おそらく体サイズが小さい当歳魚にとって重要な食物である動物プランクトンが沿岸に多いことや、体サイズが大きくなると小型の魚類を摂食するようになることと関係していると推測されます。ただし、豊後水道に出現するマサバ、ゴマサバには、水道内で生まれた集団と水道の外(主に太平洋側)から来遊する集団がおそらく混じっており、そのことがサバ類の分布にどのように関与しているかは不明です。
 以上の結果を後藤君がとりまとめて原稿を作成し、共著者とともに推敲していきました。当初は英文で執筆して国際誌に投稿するつもりでしたが、定量性に乏しく定性的な情報に頼らざるを得なかったこと、またサバ類の分布を規定する機序の解明に至っていないことから、投稿先を国内和文誌にすることに変更し、2019年11月に日本水産学会誌に投稿しました。2020年1月に要修正の判定となり、その後2回の改訂を経て、3月下旬に受理されました。論文は2020年7月号で掲載されました。この論文は、ゴマサバの資源高水準期にあたる期間の知見であるため、マサバの高水準期ではどのように異なるのかも気になるところです。こうしたことを含めて、豊後水道においてのマサバ、ゴマサバの研究がさらに進展することが期待されます。

 なお、この論文の内容は、後藤君が2019年3月の日本水産学会で口頭発表、2019年11月の日本水産増殖学会でポスター発表しました。



(ポスター発表する後藤君。資源ブログより転用)

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